ベトナムから2007~2011アスジャ奨学生・ファムアィントゥと申します。私は一番最初のベトナムからアスジャ奨学金を持った人です。2007年9月にアスジャ奨学生として日本に留学する前には私はハノイ工科大学の研究員、又は講師でした。2007年9月27日に成田空港に到着する日には、私はアスジャスタッフ・ADACHIAYA様が迎えに行っていただきました。その日からは私の人生は変わりました。アスジャ・インターナショナルのお陰で、私は世界一素晴らしい国・日本で生活し、勉強する機会がありました。日本を代表する大学の一つ・早稲田大学でUCHIDAKENKO教授の指導のもと、勉強と研究の機会を得ました。2011年にオーストリアで行う国際会議MIC2011で自分の研究について発表する機会がありました。アスジャ・インターナショナルのお陰で、世界中のいろんな国の友達がいます。私の一番幸せなことは、ASJAファミリーの一員であることです。ASJAファミリーにはSATO先生・我々のお父さんとアスジャスタッフ・我々のお姉さんがいるし、東南アジア諸国の先輩・後輩たち、私の兄弟姉妹がいます。
アスジャファミリーに入ってから、他の奨学金プログラムがない活動・経験はアスジャファミリーの奨学生がもらえます。例えば、アスジャの奨学生が1年間日本語を勉強するチャンスがあります。その結果、アスジャ奨学生は日本語ペラペラの人がいっぱいいます。
アスジャ修了生たちは仕事で日本語を使用している人がたくさんいると言われています。自分は日本語能力と日本での研究の経験、就業経験があるため、ベトナムに帰った時にベトナムにある日本企業でマネージャーに任命されました。 毎年のアスジャ活動に参加することで日本の文化や日本の歴史などを勉強し、経験しました。ベトナムに帰った後で、家族、友達、職場の同僚、知人に世界一素晴らしい日本国、又は世界に誇れる優れた資質を持った日本人について教えています。彼らは日本についての物語を聞き、日本国と日本人のことがとても好きになりました。「日本は私の第二国だよ」といつも言っています。ベトナムと日本の架け橋になりたいと本当に思います。
アスジャ時代の素晴らしい経験、アスジャの思い出は忘れられないものです。アスジャファミリーの人、SATO先生、アスジャスタッフ、ASEAN友達、皆さんはいつも自分の心の中にいます。
「私はアスジャファミリーのメンバーです」ということは私の誇りです!